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親父がよく行っていた、「俺は大型の免許も持っている」

自慢げに言っていた。その頃俺はまだ小学生くらいで、その話を聞くたびに、

「すげー。」と言い、

「お前も小さい頃に乗った事があるんだぞ」と言われ、まだ2~3歳の頃の微かな記憶を思い出していた。

小さい頃の記憶は一部一部覚えている、昔クレスタに乗ってた頃の事も。

親父の二十歳くらいの時の写真があるんだが、「かっこいい・・・」って今でも思う。



親父は中学を出てすぐじいちゃんのトコで働いたそうだ。

昔は高校なんて行かなくてもやっていけた時代。

それについてもよく自慢げに話された覚えがある、俺の中ではデカイ存在なのかもしれない。



保育園

俺は昔から落ち着きがなく、友達にちょっかいを出したりなど、

先生が話をしてる時に奇声を発したりなど問題児だったらしい。

悪い事をするといつも先生に保育園の押入れに閉じ込められた覚えがある。

そして泣いて「空けろ」と嘆いていた。 周りのみんなには嫌われたっぽい。

ある日、家を変えるために俺は転校する事になった、相当嫌われていたせいか、

別れの時にすごい言いわれようだったらしい。微かに覚えている。

体育っぽい授業があって、みんな体育館でスキップしながら館内の床に書いてある円を回っている。

俺は先生に言われてもやろうとせずに1人で座っていた。

その保育園では、スライムみたいな緑やらピンクのドロドロしたモノを外で遊ぶ習慣があったらしいが、

もちろん俺だけやっていなかった。 純粋に気持ち悪かったのだ。はっきりと覚えている。

保育園では人間との関わりが苦手だったのか、みんなとは遊んでいなかった。

いじられてもいた。そんな時 親父は「やられたらやりかえせ」と言うけど俺にはそんな根性がなくて。

言えない酷い事もされた。 

小1までそこにいたらしいが小学校の記憶は何故か無い。

何もすっきりしないまま奥田小学校に行く事に。



小学校

俺は奥田小学校に2年生で転入する事に。

教室に入るも知らない人ばかり。その時の先生は林田先生。

頭がマクドナルド型にハゲていて、百人一首が大好きな先生。

俺は転校初日にみんなの前で起こられた。机の上に座って友達と喋っていたのだ。

その時話した内容は「俺もその日記帳持ってる!」だった。

「こらー!」とみんなの前でどしかられ恥ずかしかった。

喋れるヤツもだんだん増えて行き、ある日おおちゃくい集団に絡まれた。

世の中には色んなやつがいるもんだ。いじめるヤツもいればいじめられるヤツもいる。

そいつは俺が気に入らないらしい。相手は4人俺はすこすこに言われた、暴行を受けたかは忘れた。

帰って親父に話したら「やられたらやり返せ 男だろ」と言われた。

俺はまだ小2だし・・・。

でも俺はやり返そうって思った。

翌日、俺は喧嘩をするために集団のリーダー的存在なヤツにちょっかいを出した、

お昼の休憩で外に出ていた。もちろんおちょくられて黙っているヤツでもなく、俺を追いかけて来た。

俺は必死で逃げてた。 でも突然「やらなきゃ」って思って

振り向いて足を突き出した。追いかけて来たやつはそれをもろに食らってそこに倒れこんだ。

俺はそれを見て、「ばーか」などほざいていた。

それ以来俺に突っかかって来る事はなかったが、ある日「遊ぼう」と言われた。

もしかしたら「遊ぼう」だなんて言われたのは初めてだったのかもしれない。

嬉しかった。そいつの名前は一輝(かずき)かっこよくて面白いやつだ。

俺はそいつらをつるみ始めて色んな悪さをしていた。

どれもしょうもない事だが、とても楽しかった。

その頃も俺はおかしくて、保育園と変わらず奇声を発していた。それを一輝達が見て爆笑していた。

このくらいの時に「他人が笑ってくれる事が嬉しい」と感じ始めた。

それからの俺はとにかく学校で暴れまくっていた。先生にも何回怒られた事か。

俺はそれからいじめる立場になり、差別関係の事でよく怒られるようになった。

先生に部屋に閉じ込められ、○○ちゃんのパンツ被せるよ!?など脅された。

「お前もその発言に差別があるだろ」とずっと思っていたが、口に出した事はなかった。

いじめてたヤツは女で、鼻糞をほじっては椅子の裏や机の裏に付けていてキモかった。

発言もおかしくて、授業中やけにトイレに行くやつだった。そいつが小声で「先生~トイレ」

と言う度に俺はそいつに殺意を感じた。ウザかった。

確か小3の時の先生は神田橋先生。俺が小3に上がった時に新しく入って来て若くて綺麗な先生。

社会見学等でみんなは椅子に座っていたが俺は先生の膝の上に座っていた記憶が・・・

何故かは覚えてないがとても甘えていた覚えがある。

小4も神田橋先生でよっしゃー!と思っていたが小5に上がる時にやめてしまい、

小5の担任はババァだった

なんだかんだで小学5年生に。俺はその時好きな人がいた。多分初恋なのかな。

ツレに「告白しちゃえ」としつこく言われ、行事のキャンプで告白する事に。

キャンプはバンガローで判に別れ行動するものだった。夜飯が終わり自由時間があった。

ツレにコクれとしつこく言われ、仕方なく承諾し、連れて来るように頼んだ。

女が入って来て2人きりになるが、

ツレは押入れに隠れていたり外の窓越しに耳を傾けていたり、結局沈黙の10分で何も言えなかった。

あっとゆう間にキャンプは終わり、悔いの残るキャンプに。

だが数日後、その女に呼ばれ「ふれあい広場」あまり人の来ない所に呼ばれ、

「あの時こくろうとしたんでしょ?」と言われ「まあ・・・」とだけ答えて手紙をもらった。

内容は言えないが、「いいよ」との事だ。

俺はやったー!と思ったがそこで今までにない達成感を得た。

それから付き合ったものの、もうその事など気にもせず、

付き合ってるのにも関わらず顔もろくに合わせていなかった。

ある日女に呼ばれ、「今度バスケの試合があるんだ~」と言われ、

「あ、そう」とだけ言われ遊んでいたツレの元へ戻った。

それから彼女を意識して見た事はなかった。もうOKをもらった時点で俺の中ではゴールだった。

小学6年生、俺は行事ごとがホント嫌いだった。担任も変わらずババァで。

マラソン習慣みたいなのでみんながグランドを走っていたが、俺は走らずボーっとしていた。

運動会も大嫌いだった。運動神経が無いからだ。足も遅いし何一つ得意な種目がなかった

そのうち学習発表会(クラス劇)の時期が来て、主役を決めていた時、

先生がいきなり俺に「おぐりあんたやんなさい」「えっ!?やだし」と言ったが強制でやらされるはめに。

馬鹿な俺がいっぱいある台詞を覚えられるわけがない・・・。

主役的な存在は4人いて男2人 女2人だった。

その女の1人が彼女だった。ここでもたいした意識は全くしていなかった。

学習発表会をなんとか終えた。台詞が1つ出なくて1秒ほど詰まったがそれ以外は完璧と言えた。

終わった後、担任に「あんた自分に点数付けるとしたら何点?」と言われ

「70点くらい」と答えたら「ふーん」と言われ あの時何点と言えばよかったのだろうか。

その行事を終え、卒業の時がやってきた。

卒業式が終わり、やめてしまった神田橋先生が祝いに来てくれていた。

大きくなったね等色々話しかけられたが、何か恥ずかしくて何も言えず照れてうなずいてるだけだった。



中学校

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